食品工場の製造現場において、ベルトコンベヤは単なる「搬送設備」ではありません。それは、原材料の受け入れから製品出荷まで、食品の品質と安全を物理的に支え続ける「工場の生命線」です。しかし、多くの現場担当者様から「機械導入時に付いていたベルトを、疑問を持たずに交換し続けている」「カタログを見ても材質の違いが複雑で、どれが自社に最適かわからない」というお悩みをよく耳にします。
不適切なベルト選定は、短寿命による交換コストの増加だけでなく、異物混入や雑菌繁殖といった重大な食品事故リスクに直結します。本記事では、現場の設備管理・購買担当者様に向けて、ポリウレタンやモジュラーといった材質の基礎から、肉・野菜・製菓など用途別の最適な選び方、さらには最新のHACCP対応までを網羅しました。現場の課題を解決し、工場の利益を守るための「ベルト選定のバイブル」としてご活用ください。
1. はじめに:食品工場において「ベルト」が重要な理由

食品工場において、原材料の受け入れから製品の出荷まで、最も長く食品に直接触れ続ける設備は何でしょうか?それは「ベルトコンベヤ」のベルト表面です。
生産ラインの自動化が進む現代において、コンベヤベルトは単に物を運ぶだけの道具ではありません。適切なベルト選定は、以下の3つの重要課題に直結します。
- 食品安全(Food Safety):
異物混入の防止、雑菌繁殖の抑制、洗浄性の確保。 - 生産効率(Efficiency):
搬送ミスの削減、清掃時間の短縮、チョコ停の防止。 - コスト削減(Cost):
ベルト寿命の延長、交換頻度の低減。
しかし、ベルトの材質や種類は多岐にわたり、カタログスペックだけでは判断が難しいのが現状です。「今まで使っていたから同じものを」という選び方では、最新の衛生基準や生産効率の要求に対応できなくなる可能性があります。
本記事では、食品工場で使われるベルトコンベヤの「材質」に焦点を当て、用途別の詳細な選び方と、現場で役立つ知識を徹底的に解説します。
2. 【基礎知識】ベルトコンベヤの材質別詳細と特性

まずは、食品搬送用ベルトに使用される代表的な材質について、化学的・物理的特性を詳細に見ていきましょう。
① ポリウレタン(PU / TPU:熱可塑性ポリウレタン)
現在、食品工場で最も広く採用されているのがウレタンベルトです。
- 特徴:
PVC(塩ビ)に含まれる可塑剤を使用していないため、食品への移行リスクが極めて低いです。耐油性、耐摩耗性に優れ、油脂を含む食品(肉、菓子など)の直接搬送に最適です。 - メリット:
表面が平滑で汚れが落ちやすく、カビの抵抗性も高い。低温環境でも硬化しにくいため、冷蔵・冷凍ラインでも使用可能です。 - 注意点:
熱湯や高温蒸気による「加水分解」のリスクがあります。頻繁に熱湯洗浄を行うラインでは、必ず「耐湿熱(耐加水分解)」グレードを選定する必要があります。
② 塩化ビニル(PVC)
かつての主流であり、現在でも包装後の搬送ラインなどで活躍しています。
- 特徴:
コストパフォーマンスに優れています。加工が容易で、様々な表面形状(ラフ定規、桟付きなど)が作れます。 - メリット:
グリップ力を持たせやすいため、傾斜搬送などに適しています。 - 注意点:
可塑剤が含まれているため、油分の多い食品を直接載せると、油によって可塑剤が抜け、ベルトが硬化・ひび割れを起こす恐れがあります。また、焼却時に有害ガスが発生する可能性があるため、環境配慮の観点からPUへ切り替える工場も増えています。
③ ポリオレフィン(PE)/ポリエステル
- 特徴:
燃焼時に有害ガスを出さない「クリーン」な素材として注目されています。 - メリット:
離型性(食品の剥がれやすさ)が非常に良く、粘着性の高い生地(キャラメル、餅など)の搬送に適しています。また、耐加水分解性に優れるため、ウレタンが苦手な高温多湿環境でも劣化しにくい特性があります。
④ プラスチックモジュラー(POM / PP / PE)
樹脂製のパーツをレンガのように連結させたベルトです。
- POM(ポリアセタール):
硬くて滑りが良く、耐カット性が高い。食肉解体ラインなどで包丁が当たる環境に強い。 - PP(ポリプロピレン):
耐熱性が高く、ボイル槽や高温洗浄に強い。比重が水より軽いため水洗ラインには不向きな場合も。 - PE(ポリエチレン):
耐衝撃性が高く、低温に強い。冷凍ラインに適しています。
⑤ ステンレス・ワイヤーネット
- 特徴:
金属製の網状ベルト。 - 用途:
フライヤー(揚げ物)、オーブン、冷却トンネルなど、極端な高温・低温環境や、通気性が求められる工程で使用されます。 - 注意点:
金属疲労による破断片の混入リスク(金属検出機で検知可能ですが、微細な破片は厄介です)があります。
3. 【用途別】最適なベルト材質と選定のポイント

材質の特性を理解した上で、具体的な食品製造のシーンごとに最適なベルト選定をシミュレーションします。
【シーンA】食肉・水産加工プロセス
この工程での最大の敵は「油脂」「血液」「頻繁な洗浄(水・洗剤・熱湯)」です。
- 推奨材質:
耐湿熱ポリウレタン(TPU)、または抗菌仕様のモジュラーベルト。 - 詳細解説:
生の肉や魚を扱う場合、ベルト表面に傷がつくと、そこがバクテリアの温床になります。したがって、「耐カット性」の高い硬めのウレタンやモジュラーベルトが選ばれます。
また、動物性油脂による膨潤を防ぐため、高い耐油性が必須です。さらに、一日の終わりに次亜塩素酸ナトリウムや熱湯で洗浄を行う場合、通常のウレタンでは数ヶ月で表面がベタベタになり(加水分解)、劣化します。必ず「耐湿熱グレード」や、そもそも加水分解しない「ポリエステル系」を選定してください。
【シーンB】製パン・製菓プロセス(生地搬送)
この工程の課題は「付着(Sticking)」と「乗り移り」です。
- 推奨材質:
シリコンコーティングベルト、綿・フェルトベルト(特定用途)、ナイフエッジ対応ウレタン。 - 詳細解説:
焼成前のパン生地やクッキー生地は非常に粘着性が高いです。ここで一般的な光沢のあるウレタンベルトを使うと、生地が張り付いて形が崩れます。
対策として、表面に微細な凹凸加工を施したベルトや、離型性に優れたシリコンをコーティングしたベルトを使用します。また、小さなクッキーなどを次のコンベヤに乗り移らせる際、ベルトの先端(プーリー)を極小径にする必要があります(ナイフエッジ走行)。これには、屈曲疲労に極めて強い専用の薄型ウレタンベルトが必要です。
【シーンC】野菜・カット野菜・果物洗浄
課題は「泥・砂による摩耗」と「水切り」です。
- 推奨材質:
プラスチックモジュラーベルト(開口タイプ)。 - 詳細解説:
洗浄ラインでは水を大量に使用するため、フラットベルトでは水が溜まり、搬送不良や衛生上の問題が起きます。網目状になったモジュラーベルトを使用することで、水や洗浄液を下に落としながら搬送できます。
根菜類に付着した泥や砂は研磨剤のように作用し、ベルトを摩耗させます。耐摩耗性の高いPOM(ポリアセタール)製のモジュラーベルトや、交換が容易な構造を選ぶことがランニングコスト低減の鍵です。また、葉物野菜などの緑色がベルトに移ると不衛生に見えるため、色移りが目立たない、あるいは汚れ落ちが良い材質選びも重要です。
【シーンD】フライヤー・オーブン・加熱ライン
課題は「高熱」です。
- 推奨材質:
ステンレスワイヤー、フッ素樹脂コーティングガラスクロス。 - 詳細解説:
200℃近くになるフライヤーやオーブンの中を通る場合、樹脂ベルトは使用できません。ステンレス製のワイヤーベルトやチェーンコンベヤが独壇場です。
ただし、オーブンから出た直後の「粗熱取り」ラインでは、耐熱性のあるシリコンベルトや、耐熱仕様のポリエステルベルトが使用されることもあります。製品温度が80℃〜100℃程度であれば、特殊な耐熱ウレタンベルトも選択肢に入ります。
【シーンE】包装・箱詰めライン
課題は「スピード」と「正確な位置決め」です。
- 推奨材質:
PVC(グリップトップ)、ゴム系ベルト。 - 詳細解説:
包装された商品は滑りやすいため、摩擦係数の高いベルトが必要です。PVCベルトは表面加工のバリエーションが豊富で、グリップ力を高める加工が安価に可能です。
また、ダンボールケーサーへの送り込みなど、タイミング合わせ(インデックス搬送)が必要な場合は、スリップしない「タイミングベルト(歯付きベルト)」にウレタンをライニングしたものなどが使用されます。
4. 【構造別】フラットベルトとモジュラーベルトの使い分け

材質だけでなく「構造」の違いも運用に大きく影響します。
- 樹脂フラットベルト(Ply Belt):
- 構造:
芯体(布)を樹脂で挟んだ構造。 - メリット:
安価、表面が平滑で拭き取りやすい、小径プーリーで回せる。 - デメリット:
蛇行調整が必要。裏面の布がほつれて異物になるリスク(糸ホツレ)。
- 構造:
- プラスチックモジュラーベルト:
- 構造:
樹脂パーツの連結。スプロケット(歯車)で駆動。 - メリット:
蛇行しない(これが最大のメリット)。破損してもそのパーツだけ交換可能。水切れが良い。 - デメリット:
隙間の洗浄が大変(CIP洗浄装置が必要な場合も)。フラットベルトより高価な場合が多い。
- 構造:
- モノリシックベルト(単一素材ベルト):
- 構造:
芯体(布)がなく、すべてが均一なウレタン等の樹脂でできたベルト。裏面に突起があり、スプロケットで駆動するタイプも登場。 - 特徴:
最新のトレンドです。フラットベルトの「洗浄しやすさ」とモジュラーベルトの「蛇行しない・糸ホツレがない」というメリットを併せ持ちます。 - 用途:
極めて高度な衛生管理が求められる食肉・チーズ・調理済み食品ラインでの導入が急増しています。
- 構造:
5. 異物混入対策と食品安全(フードディフェンス)

近年の食品工場では、HACCPの制度化に伴い、異物混入対策が最優先事項となっています。
5-1. 「青色(ブルー)」ベルトが選ばれる理由
かつてコンベヤベルトといえば「白」や「緑」が一般的でした。しかし現在は「青(スカイブルー)」が世界的なスタンダードになりつつあります。
理由は「食品とのコントラスト(視認性)」です。
肉(赤)、野菜(緑)、パン・揚げ物(茶・黄)、米・粉(白)。これら自然界の食品の中に「鮮やかな青色」はほとんど存在しません。
もしベルトの一部が欠けて食品に混入しても、青色であれば目視で発見しやすく、画像選別機(カメラ)での検知精度も格段に向上します。
5-2. エッジ対策(耳ホツレ防止)
樹脂ベルトの中に挟まれている「芯体(ポリエステル繊維など)」が、ベルトの端(エッジ)の摩耗によって飛び出し、食品に混入する事故が後を絶ちません。
これを防ぐ技術として、以下が挙げられます
- 耳シール加工:
ベルトの断面を熱溶着して芯体を封じ込める。 - モノリシックベルトの採用:
最初から繊維を使っていないベルトを採用する。 - スマートフィット等の特殊加工:
ほつれにくい特殊な織り方の芯体を採用したベルト。
5-3. 金属検出機・X線検出機対応ベルト
樹脂やゴムの中に、金属粉やX線に反応する特殊な添加剤を練り込んだベルトです。万が一ベルトが破損して破片が混入しても、ラインの最終工程にある検出機で排除することが可能になります。特に、刃物を使うカット工程や、衝撃が加わるラインでの採用が推奨されます。
6. 法規制と規格への対応
日本国内で使用するベルトであっても、グローバルな視点での安全性が求められています。
- 食品衛生法(日本):
昭和34年厚生省告示第370号への適合は最低条件です。さらに、令和2年(2020年)施行の改正食品衛生法により、ポジティブリスト(PL)制度が導入されました。ベルトに使用される原材料が、国が認めた物質リストに含まれている必要があります。 - FDA(米国食品医薬品局):
アメリカの基準ですが、世界的に信頼性が高く、多くの日本の食品工場でも「FDA適合材質」であることが選定基準の一つになっています。 - EU規則(No.10/2011):
ヨーロッパへの輸出機械や製品に関わる場合、より厳しい溶出試験をクリアしたEU規格適合ベルトが求められます。
ベルトメーカーや商社から購入する際は、「食品衛生法適合証明書」だけでなく、必要に応じて「PL制度適合」「FDA適合」のエビデンスを取り寄せておくことが、監査対応において重要です。
7. メンテナンスと寿命を延ばす運用方法

最適なベルトを選んでも、使い方が悪ければすぐに劣化します。
① 適切なテンション管理
ベルトを張りすぎると、プーリーの軸受(ベアリング)を痛め、ベルト自体の寿命も縮めます。逆に緩すぎるとスリップ(空転)し、摩擦熱で裏面が削れます。オートテンショナーの導入や、定期的な張り調整が不可欠です。
② 洗浄方法の最適化
- 塩素系洗剤:
殺菌力は高いですが、材質によっては劣化を早めます。すすぎを徹底してください。 - 熱湯洗浄:
温度管理が重要です。材質の耐熱温度ギリギリでの洗浄は、急激な劣化(硬化・収縮)を招きます。例えば、耐熱70℃のベルトに80℃の熱湯をかけるのは厳禁です。 - スクレーパー(かき取り):
ベルト表面に付着した汚れを落とすスクレーパーの材質は、ベルトよりも柔らかいもの(ウレタンゴムなど)を選び、ベルト表面を削らないように注意しましょう。
③ 蛇行調整(トラッキング)
ベルトの端がフレームに接触し続けると、「耳削れ」が発生し、異物混入の最大要因になります。
- プーリーのアライメント調整。
- クラウン加工(プーリーの中央を太くする)の確認。
- 蛇行防止ガイド(Vガイド)付きベルトの採用。
これらを定期点検項目に組み込むことが重要です。
8. まとめ:最適なベルト選定が工場の利益を生む

食品工場のベルトコンベヤは、単なる搬送路ではありません。それは食品の品質を守る「盾」であり、生産ラインの動脈です。
- 油や水を使うなら:
耐湿熱PUやモジュラー。 - 粘着く食品なら:
シリコンや離型グレード。 - 異物混入が怖いなら:
青色、モノリシック、耳シール。 - 洗浄性を高めるなら:
構造の見直し(モジュラーやイージークリーン)。
カタログに載っている「食品用標準」という言葉だけで選ばず、「自社の工場の温度、湿度、食品の成分(油、酸、アルカリ)、洗浄方法」を具体的にベルトメーカーや商社に伝えることが、失敗しない選定の第一歩です。
たかがベルト、されどベルト。
適切な1本のベルトへの投資が、数千万円規模の異物混入リコールを防ぎ、日々の清掃時間を数十分短縮する可能性があります。ぜひこの機会に、工場内のベルト材質を見直してみてはいかがでしょうか。








