私たちの食生活は、多種多様な食品によって彩られています。スーパーマーケットに並ぶ新鮮な野菜、加工された食肉製品、美味しいお弁当やスイーツ。これらの食品が安全に私たちの口に届くまでには、製造から流通、販売に至るまで、様々な品質管理・衛生管理が行われています。
その中でも、食品の衛生状態を客観的な数値で評価するための最も基本的で重要な指標の一つが「一般生菌数」です。この言葉を耳にしたことがある方は多いかもしれませんが、「具体的に何を、どうやって数えているのか?」「数値が高いと何が問題なのか?」「単位の『CFU/g』ってどういう意味?」といった疑問をお持ちではないでしょうか。

一般生菌数は、目には見えない微生物の世界を「見える化」し、食品の品質や安全性を判断するための強力なツールです。この数値の裏側には、科学的な根拠に基づいた緻密な検査方法と、食品衛生を守るための深い知見が隠されています。
この記事では、食品の安全性を支える縁の下の力持ちである「一般生菌数」にスポットライトを当て、以下の点を徹底的に、そして誰にでも理解できるよう詳しく解説していきます。
- 一般生菌数とは何か?
その定義と、食品衛生における役割 - どうやって数えるのか?
検査の具体的な手順「標準平板培養法」をステップ・バイ・ステップで詳解 - 単位の意味は?
「CFU/g」という単位に込められた科学的な意味 - 法律との関係は?
食品衛生法における基準値とその背景
この記事を読み終える頃には、あなたは食品表示やニュースで「一般生菌数」という言葉に出会ったとき、その数値が持つ意味を深く理解し、食品の安全性についてより確かな知識を持つことができるようになるでしょう。それでは、食品衛生のミクロな世界への探求を始めましょう。
1. 一般生菌数とは何か?~食品の安全性を測るモノサシ~

まずはじめに、「一般生菌数」そのものが一体何者なのかを正確に理解することから始めましょう。言葉の響きから「一般的な細菌の数」と漠然と捉えられがちですが、その定義はより科学的で限定的なものです。
1-1. 一般生菌数の科学的な定義
一般生菌数とは、専門的に言うと「標準寒天培地を用いて、35℃±1℃で48時間±3時間、好気的に培養した際に発育した中温性・好気性の細菌の集落(コロニー)の数」と定義されます。
この定義には重要なキーワードがいくつか含まれています。一つずつ分解してみましょう。
- 中温性菌 (Mesophile):
人間の体温に近い20℃~45℃程度の温度帯で活発に増殖する細菌のことです。私たちが日常的に接する細菌の多くや、食中毒を引き起こす原因菌の多く(サルモネラ、黄色ブドウ球菌、腸管出血性大腸菌O157など)がこの中温菌に分類されます。一般生菌数の測定が35℃で行われるのは、この中温菌をターゲットにしているためです。 - 好気性菌 (Aerobe):
増殖するために酸素を必要とする細菌のことです。一方、酸素があると増殖できない、あるいは酸素が有害に働く細菌を「嫌気性菌」と呼びます。一般生菌数の測定は酸素のある環境(好気的)で行うため、主に好気性菌や、酸素があってもなくても増殖できる「通性嫌気性菌」が検出対象となります。 - 標準寒天培地:
細菌を培養するための「エサ」と「すみか」の役割を果たすものです。細菌が増殖するために必要な栄養素(ペプトン、酵母エキスなど)を寒天で固めた、いわば「細菌のためのゼリー」です。この培地で発育できる菌だけがカウントの対象となります。
つまり、一般生菌数とは地球上に存在するありとあらゆる細菌の総数ではなく、「特定の培養条件で増殖することができる、ごく一部の細菌グループの数」を測定しているのです。
1-2. 一般生菌数から何がわかるのか?
では、なぜこの限定的な条件下で増殖する菌の数を測ることが、食品衛生の指標として重要なのでしょうか。それは、一般生菌数の数値が、その食品が製造・加工されてから私たちの手に届くまでの「衛生的履歴」を反映しているからです。
一般生菌数が高い(多い)場合、以下のような可能性が推測されます。
- 原材料の汚染:
使用された原材料自体の初期菌数が多かった。 - 不衛生な製造環境:
製造ラインや器具、作業者の手指などが汚染されており、製造過程で食品に細菌が付着した。 - 不適切な温度管理:
細菌が増殖しやすい温度帯(危険温度帯:約10℃~60℃)で長時間放置され、食品に付着した細菌が増殖してしまった。
逆に、一般生菌数が低い(少ない)食品は、衛生的な環境で、適切な温度管理のもと、迅速に取り扱われた質の高い製品であると評価できます。このように、一般生菌数は食品の品質管理が適切に行われているかを総合的に判断するための「衛生指標菌」として、極めて有効なモノサシなのです。
1-3. 一般生菌数の限界と注意点:「多い=危険」ではない?
ここで非常に重要な注意点があります。それは「一般生菌数が多い ≠ 即、食中毒の危険性が高い」ということです。
前述の通り、一般生菌数の測定では、食中毒菌だけでなく、人体に無害な菌や、むしろ有益な菌も一緒にカウントされます。例えば、ヨーグルトやチーズに含まれる乳酸菌、納豆に含まれる納豆菌も、測定条件下ではコロニーを形成するため一般生菌数として数えられます。これらの発酵食品の一般生菌数は、意図的に菌を増殖させているため、当然ながら非常に高い数値を示しますが、それが危険なわけではありません。
一方で、以下のような食中毒の原因となる微生物は、一般生菌数の測定では検出されにくい、あるいは全く検出されません。
- 嫌気性菌:
酸素のない環境を好む菌(例:ボツリヌス菌、ウェルシュ菌) - 低温菌・高温菌:
35℃という培養温度ではうまく増殖できない菌 - 特殊な栄養を要求する菌:
標準寒天培地の栄養では増殖できない菌(例:カンピロバクター) - ウイルス:
そもそも培地では培養できない(例:ノロウイルス) - カビ・酵母:
細菌とは異なる真菌類
したがって、食品の安全性を評価するためには、一般生菌数だけを見るのではなく、必要に応じて大腸菌群、黄色ブドウ球菌、サルモネラといった特定の食中毒菌の検査を別途行い、多角的に判断することが不可欠です。一般生菌数はあくまで、食中毒リスクの直接的な指標ではなく、衛生管理レベルを測るための間接的な指標であると理解することが重要です。
2. 一般生菌数の数え方 ~「標準平板培養法」を徹底解剖~

さて、一般生菌数の正体と役割を理解したところで、次はその具体的な測定方法である「標準平板培養法」の世界に深く分け入っていきましょう。この方法は、目に見えない微生物を、培養によって目に見える「コロニー」として可視化し、その数を数えるという、微生物検査の基本中の基本となるテクニックです。
2-1. 検査の基本原理
細菌は1個では肉眼で見ることはできません。しかし、その細菌に適した栄養と温度環境を与えると、細胞分裂を繰り返して増殖し、数時間から数日で数百万~数億個の集合体になります。この肉眼で確認できるレベルにまで増殖した細菌の集落を「コロニー (Colony)」と呼びます。標準平板培養法は、この原理を利用し、食品1gまたは1mLに含まれる細菌を培養してコロニーを形成させ、そのコロニーの数を数えることで、元の食品中の菌数を逆算する手法です。
2-2. 具体的な検査手順(ステップ・バイ・ステップ解説)
実際の検査は、雑菌の混入(コンタミネーション)を防ぐため、クリーンベンチなどの清浄な環境下で、滅菌された器具を用いて慎重に行われます。
Step 1: 試料の準備と段階希釈系列の作成
多くの食品には、そのまま培養すると数えきれないほどのコロニーができてしまうほど大量の細菌が含まれています。そこで、検査の最初のステップとして、試料を正確な倍率で段階的に薄める「段階希釈」という操作を行います。
- 試料原液の調整:
まず、検査対象の食品(固形物なら10g、液体なら10mL)を正確に秤量し、滅菌済みの希釈液(生理食塩水やリン酸緩衝生理食塩水など)90mLが入った袋や容器に入れます。これを「ストマッカー」と呼ばれる機械で高速攪拌し、食品中の細菌を均一に希釈液中に懸濁させます。これが「10倍希釈液(10⁻¹希釈)」となります。 - 段階希釈の実施:
次に、この10倍希釈液から滅菌ピペットで1mLを正確に吸い取り、あらかじめ9mLの滅菌希釈液が入った試験管に移します。よく攪拌すると、これは元の試料を100倍に薄めたことになり、「100倍希釈液(10⁻²希釈)」が完成します。 - 繰り返し:
同様の操作を繰り返し、100倍希釈液から1mLをとって次の試験管に移せば「1000倍希釈液(10⁻³希釈)」、さらに続ければ「10000倍希釈液(10⁻⁴希釈)」…というように、10倍ずつ薄めた希釈液の系列(希釈系列)を作成していきます。どのくらいの倍率まで薄めるかは、検査する食品の予測される菌数によって調整します。
この段階希釈は、後述するコロニー計測を正確に行うための極めて重要な前処理です。
Step 2: 培地への接種と培養
次に、作成した希釈液を細菌のベッドとなる寒天培地に接種します。一般生菌数の測定では、主に「混釈(こんしゃく)培養法」が用いられます。
- 接種:
滅菌済みのシャーレ(ペトリ皿)を2枚1組で用意します。例えば100倍希釈液と1000倍希釈液を測定する場合、それぞれの希釈液からピペットで1mLずつをシャーレに正確に滴下します。 - 培地の分注と混和:
あらかじめ約45~50℃に保温しておいた、溶けた状態の標準寒天培地を約15~20mL、試料液を入れたシャーレに静かに注ぎ入れます。 - 混和・静置:
すぐにシャーレを水平に保ちながら、円を描くようにゆっくりと回転させ、試料液と寒天培地が均一に混ざり合うようにします。混ざったら、培地が完全に固まるまで静かに水平な場所に置きます。 - 培養:
培地が固まったら、シャーレを逆さま(蓋が下になるように)にして、恒温器(インキュベーター)に入れます。逆さまにするのは、培養中に発生する水滴が培地表面に落下し、コロニーが流れてしまうのを防ぐためです。恒温器の温度を35℃±1℃に設定し、48時間±3時間、静置して培養します。
Step 3: コロニー数の計測(カウンティング)
規定の時間が経過したら、恒温器からシャーレを取り出し、いよいよコロニーの数を数えます。
- 適切なシャーレの選択:
段階希釈したうち、1枚のシャーレあたりのコロニー数が30~300個の範囲にあるものを計測対象として選びます。- なぜ30~300個なのか?:
コロニー数が30個未満だと、偶然によるバラツキが大きくなり、統計的に信頼できるデータが得られません。逆に300個を超えると、コロニー同士がくっついたり、重なり合ったりしてしまい、正確な数を数えることが困難になります。また、栄養の奪い合いなどによって、本来発育すべき菌が発育できない可能性も出てきます。この「30~300個」という範囲は、統計的な信頼性と計測の正確性を両立させるための国際的な基準です。
- なぜ30~300個なのか?:
- カウンティング:
選んだシャーレの裏側に発生したコロニーを、マーカーペンなどで印をつけながら一つずつ数えます。数え間違いを防ぐため、通常は2回計測したり、コロニーカウンターという拡大レンズと照明がついた専用の器具を使用したりします。
Step 4: 一般生菌数の計算と報告
最後に、数えたコロニー数と希釈倍率から、元の食品1g(または1mL)あたりの菌数を算出します。計算式は非常にシンプルです。
一般生菌数 = シャーレのコロニー数 × そのシャーレの希釈倍数
例えば、1000倍希釈(10⁻³希釈)したシャーレのコロニー数が85個だったとします。その場合の一般生菌数は、
85 (コロニー数) × 1,000 (希釈倍数) = 85,000
となります。この結果を、次の章で解説する単位を用いて報告します。
3. 単位「CFU/g」を深く理解する

検査結果の「85,000」という数字だけでは、それが何を表しているのか完全には伝わりません。科学の世界では、数値と単位は常にセットです。一般生菌数の単位として用いられる「CFU/g」または「CFU/mL」について、その意味を掘り下げていきましょう。
3-1. CFUとは何か?なぜ「個」ではないのか?
CFUは「Colony Forming Unit」の頭文字をとったもので、日本語では「コロニー形成単位」と訳されます。これは、単に「菌の個数」を意味するのではなく、「培地上で1つの独立したコロニーを形成する能力のある、1個または複数の細菌の塊」を1つの単位として数えていることを示します。
なぜ、単純に「個/g」や「cells/g」といった単位を使わないのでしょうか。それには、微生物の性質に由来する重要な理由があります。
食品中に存在する細菌は、必ずしも1個ずつバラバラの状態で漂っているわけではありません。ブドウ球菌のようにブドウの房状に集まったり、レンサ球菌のように鎖状に連なったりしていることがよくあります。標準平板培養法では、このような複数の細菌の塊も、培養後には1つのコロニーとして観察されます。
つまり、私たちが数えている1つのコロニーは、元をたどれば1個の細菌細胞から始まったのかもしれないし、5個の細菌の塊から始まったのかもしれません。それを区別することはできないため、「個」と断定するのではなく、「コロニーを形成した1つの単位」という意味を込めて「CFU」という科学的に誠実な単位が用いられているのです。
3-2. CFU/g と CFU/mL の違い
この違いは単純で、検査対象の食品の形状に基づいています。
- CFU/g:
固形食品(食肉、魚、野菜、弁当など)や粉末状の食品の場合に用いられ、「食品1グラムあたりのコロニー形成単位」を意味します。 - CFU/mL:
液体食品(牛乳、清涼飲料水、スープなど)の場合に用いられ、「食品1ミリリットルあたりのコロニー形成単位」を意味します。
先ほどの計算例で言えば、結果は「85,000 CFU/g」(固形食品の場合)または「85,000 CFU/mL」(液体食品の場合)と報告されることになります。
3-3. 数値の解釈:桁(オーダー)の違いが重要
一般生菌数の結果を解釈する際には、数値そのものの大小よりも、「桁(オーダー)」がどれくらい違うかが重要になります。細菌は条件が揃えば対数的に(1→2→4→8→16…と倍々に)増殖するため、菌数の評価は対数スケールで捉えるのが一般的です。
例えば、ある食品の菌数が「1,000 (10³) CFU/g」で、別の食品が「10,000 (10⁴) CFU/g」だったとします。差は9,000ですが、本質は「菌数が10倍違う」という点にあります。これが「100,000 (10⁵) CFU/g」になれば、さらに10倍、つまり最初の食品の100倍も菌が多いということになります。この桁の違いは、衛生管理上の大きな差を意味します。
4. 一般生菌数と食品衛生法

一般生菌数は、食品メーカーが自主的に品質管理のために測定するだけでなく、日本の法律である「食品衛生法」においても、一部の食品の安全性確保のための基準として採用されています。
4-1. 法律で定められた成分規格基準
食品衛生法では、特に衛生上の配慮が必要と考えられる特定の食品に対し、「成分規格」として一般生菌数の上限値が定められています。全ての食品に基準があるわけではありませんが、以下にその代表的な例を挙げます。
- ミネラルウォーター類:
100 CFU/mL 以下 - 冷凍食品(無加熱摂取冷凍食品のうち、生食用冷凍鮮魚介類):
100,000 CFU/g 以下 - 食肉製品(非加熱食肉製品):
10,000,000 CFU/g 以下 - 生食用かき:
50,000 /g 以下 - ゆでだこ・ゆでがに:
100,000 /g 以下 - 氷菓(アイスクリーム類など):
10,000 CFU/mL 以下(※乳及び乳製品の成分規格等に関する省令に基づく)
これらの基準値を超えた製品は、法律違反となり、製造、販売、輸入などが禁止されます。
4-2. なぜ基準値が食品によって違うのか?
上記の例を見ると、食品によって基準値が100から10,000,000までと、大きく異なることがわかります。この違いは、それぞれの食品が持つ特性や、どのように食べられるかを考慮して科学的に設定されています。
- そのまま飲むもの:
ミネラルウォーターのように、加熱殺菌されず、そのまま飲用するものは、非常に厳しい基準が設けられています。 - 加熱せずに食べるもの:
生食用かきや、一部の冷凍食品なども、比較的厳しい基準が適用されます。 - 加熱工程があるもの・保存性が高いもの:
非加熱食肉製品(生ハムなど)は、製造工程で水分を減らしたり塩分を加えたりして細菌が増えにくい状態にしているため、ある程度の菌数は許容されています。
このように、食品の種類、製造方法、喫食形態などを総合的に勘案し、その食品として許容される衛生レベルが基準値として定められているのです。
4-3. 自主基準の重要性
法律で基準が定められていない食品であっても、多くの優良な食品メーカーは、より高いレベルの品質管理を目指すため、製品ごとに独自の「自主基準」を設けています。例えば、「惣菜は出荷時に100,000 CFU/g以下」といったように、法規制よりも厳しい社内目標値を設定し、日々の製品の安全性をモニタリングしています。これは、企業の品質保証と消費者からの信頼を得る上で非常に重要な取り組みです。
5. まとめ:ミクロの世界から食の安全を見守る

今回は、食品の衛生指標である「一般生菌数」について、その定義から具体的な測定方法、単位の意味、法的な位置づけまで、深く掘り下げて解説しました。
最後に、この記事の要点を振り返ってみましょう。
- 一般生菌数は、特定の条件下で増殖する好気性・中温菌の数であり、食品の衛生的な取り扱いの履歴を示す重要な衛生指標である。
- 「一般生菌数が多い ≠ 即、危険」ではなく、乳酸菌などの有益な菌も含まれる一方、一部の食中毒菌やウイルスは検出されないため、解釈には注意が必要である。
- 測定は「標準平板培養法」という、細菌を培養して目に見えるコロニーを数える方法で行われ、その単位はCFU/g(またはCFU/mL)で表される。
- CFUという単位は、1つのコロニーが必ずしも1個の細菌由来ではないことを示す科学的に正確な表現である。
- 食品衛生法では一部の食品に基準値が定められており、食の安全を守るためのセーフティネットとして機能している。
一般生菌数を理解することは、食品が私たちの食卓に届くまでの、目に見えない多くの努力や科学的な管理体制を知ることに繋がります。この知識は、食品製造に関わる人々だけでなく、私たち消費者にとっても、食品をより安全に取り扱い、賢く選択するための助けとなるはずです。
日々の食事の裏側にあるミクロの世界の物語に、少しでも興味を持っていただけたなら幸いです。







